突然訪れた「あの日」
息子が小1の3学期、その日は突然訪れました。
「今日は学校に行きたくない。」
その一言から始まった朝。
当時の私は、長年勤めた会社員を卒業し、在宅で仕事を始めたばかり。
「これからは家で子どもを迎えられる!」という期待と、仕事への意欲でいっぱいでした。
一方、息子にとっても「お母さんがずっと家にいる」のは、きっと飛び上がるほど嬉しいことだったんですよね。

予感は的中してしまった
最初の1回目は「そんな日もあるよね」と笑って休ませました。
でも、内心では**「休み癖がついたらどうしよう」**という黒い不安がよぎっていました。
今思えば、量子力学的に見ても「私の不安な想像」が現実を引き寄せていただけだったのですが……
当時の私はそんなこと知る由もありません。
その予感は、残念ながら的中してしまいました。
「学校に行きたくない」
と言う回数は、月に1回、2週間に1回……と、じわじわ増えていきました。
登校班の時間に間に合わず、車で送る日々。
ハンドルを握りながら、私は息子にひどい言葉をぶつけてしまいました。
「時間に間に合わないことで、ママの時間も奪っているんだよ!」
低学年の子に、大人の事情(責任)を押し付けて責める。
吐き出した言葉の鋭さに、私自身が一番傷つき、「なんて最低な母親なんだろう」と自分を責める。
そんな地獄のようなループの始まりでした。

「正論」という名の言葉のナイフ
小2の夏休み、宿題を一切やらない息子を追い詰め、「宿題をやらないから学校へ行かない!」と開き直られたこともありました。
何とかして学校へ行かせたい。
前夜の「明日は行く」という言葉を信じたい。
「リレーの選手決め、行かないと後悔するんじゃない?」
「あと1日行けば、1週間達成だよ!頑張ろう?」
私は、息子のためだと思って「正論」を並べ続けました。
時間をかけて説得すれば、分かってくれるはず。
諦めない心が大事。
でも、それが息子にとっては、逃げ場を奪う最大のストレスになっていたんです。
当時の私は、そのことに全く気づいていませんでした。

暗黒期の先に、見えた景色
その後、息子は本格的な不登校へと入っていきました。
小2の2学期から小3の3学期まで。
親子で苦しんだ1年半の「暗黒期」を乗り越え、今の私は、あの時とは全く違う景色を見ています。

今、子どもを責めてしまい泣いているママへ。
あなたは、最低な母親なんかじゃないです。
それだけ必死で子どもの未来のことを考えているんですよね。
「子どもをなんとかするより、自分を整えること」
私がこのことに気づき、どう変わっていったのか。
少しずつ、お話ししていきたいと思います。
次回は、私がその『暗黒期』からどうやって抜け出していったのかを書こうと思います。

